ふあんとなかよくする。

おまたさんの徒然草。書評、日常、メンタルヘルス。

子どもが欲しかったのかもしれない

暑かったので犬の散歩に遅めのお時間に行ったら、

いつもよりきれいな夕焼けに出会いました。

 

面白いんですが、休職してから、ある出来事があって、それをどう「先ゆく仲間」として伝えるかをよく考えます。

言葉としてどのようなモノを選んで説明するか、どこから自分で考えさせるか、どう見守るか、行き詰まったらどう導いてあげるか。

仮想の子どもがいるとして、いろいろ考えあぐねています。

 

そんなときに、なんで自分はこんなことをしているのだろうとふと思います。

 

実は、子どもが欲しかった。

 

これが私の中の結論です。

 

今年で29歳。母が私を産んだ年齢になりました。

人生にまだまだ迷っていますが、

自分の拙い経験の中で「伝えたいこと」が生まれてきた。

学校、仕事、家庭、生き方など。

それを、いかに後世に伝えるか。

その作業をしたかったんだと思います。

そして、一番それをじっくり時間をかけて、愛情もかけてできるのが、自分の子ども。

 

それで、今回のうつの原因の一つがそこにあるように思います。

もう後世にいろんなことを伝えなくちゃいけない「年齢」になってきているのに、

それを母としてやっている友だちもたくさんいるのに、

自分には「できていない」

 

職場に還元すると、

4年目にして初めて後輩ができたのに、

その子に対して、そういうことを伝えることができない。

むしろ、仕事を着々とこなす後輩のとなりで焦っている自分が情けない。そんな自分に苦しんでいたのかなって。

 

 

このブログを書いていることは、そういう作業のできなかった自分の浄化作業でもあるのかもしれません。

伝わるのは、後世だけではもちろんないけど。

 

通り雨が止みました。地面と同じように、少し私も潤った気がします。